低迷アーセナルの救世主に? “3000億円超”買収オファーにサポーターが夢を抱く理由

健全経営のアーセナル、クロンケ側は“3000億円程度”では関心を持てない?

 こうした伝統は当然、サポーター全員に“自分はクラブの所有者である”という意識をもたらす。そして愛するチームの勝敗が、その週の気分を大きく作用する――つまり人間の幸福感に関わる問題で、サポーターにとって、贔屓チームの勝利は何よりも重要だ。

 そして、これはサポーターとファンの大きな違いでもあるが、サポーターは身銭を切って、文字通りクラブをサポートする人たちだ。毎シーズン、スタジアムに足を運び、木戸銭を払い、レプリカを買ってクラブに奉仕する。現在ではスカイやBTスポーツに支払う視聴料、または公式サイトへの登録料もまさにお布施を払うようなもの。それもチームの勝利を一心に願うからである。

 そんな純粋かつ宗教的なサポーターたちの思いとお金が積み重なったうえに、クラブがある。しかもその大多数が“労働者階級”の人たちで、中にはなけなしのお金を叩くサポーターも少なからずいる。

 もちろんスタン・クロンケやグレイザー一家もこうした英国の伝統について多少は学び、知識も蓄えたのだろう。しかしその対応は非常に政治的で、サポーターの過半数を黙らせればいいという“基準”を意識して、補強やクラブ経営を行っているように見えてしまうのだ。

 前述したが、クロンケ側は“金銭には関心がない”とエク氏の3000億円超えのオファーを断っている。しかしこれはこれまでのところ、所有しているだけで資産価値が右肩上がりで、しかも選手年俸を抑え、常識的な補強策に止まる健全経営で毎年必ず利益を得ているアーセナルの価値は、“3000億円程度のオファーでは関心は持てない”と語っているようにも聞こえる。

 もちろん、そんな優良企業のアーセナルに居座りを決めるオーナーと、8歳からアーセナルを愛する現代的な大富豪の買収宣言に、強豪復活の夢を抱いたサポーターたちとの戦いはこれからも続くはず。ユナイテッドサポーターの抗議運動とともに、今後の展開から目が離せない状況になっている。

(森 昌利 / Masatoshi Mori)

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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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