「浦和に恩返しがしたかった」 元Jリーガーが保育園開園、サラリーマンを経た新たな道
社会人としての土台を築いたアイル・コーポレーションでの日々
仕事着を背広に変えると、分からないことだらけで不安になった。それでもグループ企業は7社もあるだけに、「やれそうなことなら、ごみの収集でもなんでも経験しようと思った。サッカーしか知らない生活から脱却し、家族に対して責任の持てる社会人になりたかった」と決意。三上はアイル・コーポレーションに入社し、官民連携事業を手掛ける指定管理部(現PPP事業部)へ配属された。
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03年9月に指定管理者制度が施行され、それまで地方公共団体などが受け持っていた公共施設の管理・運営を一般にも開放。民間の能力を活用し、住民サービスの向上と経費節減を目的に導入されたものだ。アイル・コーポレーションは、この制度を積極的に活用して新規事業を開拓。三上は業績が右肩上がりのタイミングで折よく入社したのだ。
浦和駒場運動公園や総合体育館のウイング・ハット春日部、熊谷市の生涯学習センター・くまぴあなど、スポーツや公園、文化、社会福祉といった60を超える埼玉県内の施設で管理・運営を委任されている。
近年は業務委託先を選定するのに複数の業者に企画を立案させ、最も秀逸な構想を選ぶプロポーザル方式が主流になった。「新たな事業を提案し、プレゼンテーションを行って仕事をいただくのが任務で、企画と営業の2役ですね。会社の特長を上手に伝える力、先方に満足してもらえる提案力が求められる」とやりがいを強調。他企業との共同事業も経験し、大いに刺激を受けたそうだ。
熟達した仕事ぶりが高く評価され、PPP事業部では次長にまで昇進。「何にでも挑戦させてくれるし、フォローもしてくれた。社会人としての自分をつくってくれたアイルには感謝しかありません」としみじみ語る一方、会社員としての具体的な未来像を描けなかったことを悔やむ。
そんな折、長男の博史さんから保育園を開園し『管理者』になることを打診された。
河野 正
1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部で日本リーグの三菱時代から浦和レッズを担当。2007年にフリーランスとなり、主に埼玉県内のサッカーを中心に取材。主な著書に『浦和レッズ赤き激闘の記憶』(河出書房新社)『山田暢久火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ不滅の名語録』(朝日新聞出版)などがある。