「あくまでも自分は脇役」 “雑草系”実況アナ、根底にあるサッカーへの深い愛情

実況者として仕事への準備は怠らない【写真:石川 遼】
実況者として仕事への準備は怠らない【写真:石川 遼】

実況者として最も大切にしているのは「自分を出しすぎないこと」

――選手個々にはそれぞれのプレースタイルや特徴がありますが、実況するのが難しい“実況者泣かせ”だと感じる選手はいますか?

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「いわゆるトップ・オブ・トップの選手は、直前でプレーをキャンセルして、より良いプレーを選択できると思っています。例えばGKと1対1でシュートを打てる場面でも、そのプレーをキャンセルして、さらにフリーな横の味方にパスすることができる。そういう選手は僕ら実況の立場からすると、落とし穴になりかねません。『シュート!』というフレーズが喉から出かかっていますからね(笑)。だから『この選手だったら予想外のプレーがあるぞ』ということまで頭に入れないといけないですし、そういう時に『凄く巧いけど(実況するのが)難しいな』と思うことがありますね。

 それから川崎フロンターレのDF山根(視来)選手やヴァンフォーレ甲府のDF金井(貢史)選手のような、サイドバックなのに、気が付いたら9番のポジションまで出てくるような選手は、油断しているとどこにいるのか分からなくなってしまうので、実況者泣かせと言えるかもしれません。先日担当した川崎の試合(J1第19節前倒し分のアビスパ福岡戦)でも、試合終了間際に山根選手が得点を決めましたけど、ああいう時に山根選手の動きを追えていると『ちゃんと追えていて良かった……』と内心ホッとしますね(笑)」

――まさに経験と周到な準備の賜物ですね。一見するとなんてことのないようなプレーでも、そこにはサッカーの面白さが詰まっていることがありますよね。

「スーパープレーというのは誰が見ても分かると思うんです。でも、それ以外にもハイライトには取り上げられないような、好プレーがサッカーにはたくさんあります。個人的には、そういうプレーをクローズアップして、解説の方に話を広げてもらったりすることも大事だと思っていますし、そういったプレーもちゃんと拾い上げられるように心がけています」

――これまでに担当した忘れられない試合などはありますか?

「やっぱりとんでもない展開の試合に立ち会えた時は素直に嬉しいですよ。1年か2年に1回は“これはもう決まったな”という状況を覆してしまうゲームがあるんですよね。近年だと、18-19シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ準決勝セカンドレグのリバプール対バルセロナ。リバプールはファーストレグを0-3で負けて、セカンドレグではFWモハメド・サラーとFWロベルト・フィルミーノが出られないという状況から4-0で勝って、決勝に進出しました。こんな筋書きがあるのかという展開で、まさにサッカーの面白さが詰まった試合でした」

――あの試合はまさにファンの語り草となるような一戦でしたね。

「この試合の決勝ゴールはリバプールのDFトレント・アレクサンダー=アーノルドがコーナーキックの場面で機転を利かせて、クイックリスタートをして生まれたものでした。バルセロナの選手がポジションを確認している時に素早く蹴って、それをしっかりと見ていたFWディボック・オリギが合わせました。

 先ほどの話に繋がりますが、普通だったらあれはきちんとセットして蹴ることが多い場面なので、実況者も一瞬資料を見たりしがちなところです。でも、あの時は幸い、アレクサンダー=アーノルドがリスタートをしたところも、中の状況も見れていたんです。なのでシュートを決めたオリギの名前も言えて、心底ホッとしました(笑)。それと同時に『ちょっとでも油断していたら、状況を確認しきれなかったな……』という自分への戒めにもなるゴールでした」

――最後に、桑原さんが実況者として最も大切にされていることについて教えてください。

「実況者も十人いたら十人のスタイルが違って当然だと思いますし、それぞれ皆さんに良さがあると思います。僕の場合、大切にしているのは『自分を出しすぎないこと』です。それはなぜかと言うと、視聴者の皆さんに『この実況、あまり好きじゃないんだよな』というふうに思わせてしまったら、せっかく楽しみにしていた試合の邪魔になってしまう可能性があるからです。視聴者の方は実況者を選ぶことはできませんから、そう感じてしまう方を1人でも減らして、逆に1人でも多くの方が安心して見られる中継を、と僕は考えています。

 そういう意味では変に自分を出しすぎず、目立ちすぎないということを心がけていますし、そのうえで自分なりのプラスアルファを出していけたらいいなと思っています。プラスアルファの部分は今後も試行錯誤しながら積み上げていかなければいけませんが、あくまでも自分は脇役であるという思いは忘れずに、これからも取り組んでいこうと思います」

※1:三菱ダイヤモンド・サッカー
1960年代後半から80年代後半にかけて放送されていたサッカー情報番組。当時、国外の試合が見られるテレビ中継は他になく、試合は前後半で2週に分けて放送されていた。

[プロフィール]
桑原 学(くわはら・まなぶ)
1976年1月4日生まれ。千葉県出身。フリーアナウンサー。Jリーグや欧州サッカーの実況のほか、DAZNの『ジャッジリプレイ』のMCを務める。
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(石川 遼 / Ryo Ishikawa)



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