高校の部活で「声出し禁止」の理由 東欧出身の元Jリーグ監督「逆に邪魔になる」
【ゼムノビッチ監督が語る育成指導論|第4回】就任後に禁じた選手の声出し「判断はボール保持者に委ねられるべき」
J1の清水エスパルスやJ3のFC岐阜を指揮してきたズドラブコ・ゼムノビッチ氏が、今年から淡路島に活動拠点を置く相生学院高校(兵庫県=通信制)サッカー部で指導を始めた。
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まずスタッフや選手たちが驚いたのは、パスを求める声出しを禁じたことだった。同氏が、その意図を解説した。
「ヨハン・クライフはピッチに立った瞬間に、誰がどこにいるのかすべて把握してしまったそうです。現状を踏まえ、1~2秒後の周囲の変化を予測して、何をするべきかを判断する。
味方の動きによって、スペースへ出すのか、足もとへ出すのかが決まる。もしスペースへ出すなら、柔らかいボールが求められるし、足もとへ出すにしても味方の止められる能力を考慮しなければならない。つまりすべての判断はボールを保持する選手自身に委ねられるべきで、周りからの声出しは逆に邪魔になるんです」
多くの日本の指導現場では、ボールを呼び込むための積極的な声かけを奨励している。だが呼び込む声に従ってパスを出していると、声に依存するようになり高い判断力が磨かれていかないし、何より声は相手の注意も喚起する。FWの動きを間接視野に捉えたMFが、相手の裏をかくためにノールックパスを狙っても、FWが声を出してしまえば台無しになってしまうのだ。
もともとゼムノビッチ氏が育った旧ユーゴスラビアは、芸術性の高い選手を次々に輩出してきた。かつてイビチャ・オシム(元日本代表監督)は言っていた。
「フランス人は言うよ。芸術家は芸術家だ、とね。ユーゴスラビアは、綺麗なサッカーをするという点では、いつも世界でも3本の指に入ってきた。しかし良質なプレーをするのと、最高のプレーをするチームは異なるものだ」
またゼムノビッチ氏は、こんなエピソードを教えてくれた。
「ディエゴ・マラドーナが在籍中だったバルセロナが、ベオグラードでレッドスターと対戦しました。レッドスターのサポーターは、どんな時でも徹底的に対戦相手には強烈なブーイングを浴びせ続けることで有名です。でもマラドーナが何人かの相手をかわし、ペナルティーエリアの外から195cmほどのGKの頭上を越えたシュートを放つと、ボールは急激にストンと落ちてゴールに入った。スタンドは静まり返り、1分後に大きな拍手が沸き上がりました。どんな敵でも、本当に上手いと認めれば称賛する。それが国民性なんです」
加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。