震災後初戦で決めた魂のゴール 太田吉彰が今も抱く「東北のために」【#あれから私は】
『サッカーで勇気づけてほしい』に応えた川崎戦のゴール
中断からほどなくして、選手たちは再び仙台に集結した。全員が「自分にできることは何か」を自問自答し、行動に移した。
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「チームが再集合し、まずはサッカーをするよりも、被災地を回って自分たちにできることをしっかりやろうというところから始まりました。被災地は本当に大変な状況で、避難している方たちにどんな声をかけていいのか本当に分からなかった。でも、そこにいる子どもたちは本当に元気で『サッカーやろうよ』って言ってくれたんです。子どもたちと一緒に遊ぶことで、むしろ僕たちのほうが元気をもらいました。
学校の体育館に避難していたおばあちゃんには『サッカーで頑張って私たちを勇気づけてほしい』と涙ながらに言っていただきました。サッカーで東北に勇気を与えること。プロアスリートである自分たちにはそれしかできないと思いました」
そうして迎えたJリーグ再開初戦。2011年4月23日、仙台はアウェーで川崎フロンターレと対戦した。「スタジアムに到着した時もまだ不安はありましたけど、フロンターレのサポーターの方たちがものすごく温かい拍手で迎え入れてくれました」。雨の等々力競技場には再開を待ちわびていた1万5030人の観客が足を運んだ。「いつもと違う独特の雰囲気だった」その一戦で、仙台の人々を勇気づけるゴールが生まれた。
0-1と1点ビハインドで迎えた後半28分、仙台は左サイドから攻撃を仕掛け、こぼれ球を拾ったFW赤嶺真吾が中央の太田へパスを繋ぐ。太田は滑り込みながら右足で懸命にシュートを放った。思うような練習ができず、この時、すでに疲労で両足はつった状態。ボールに勢いはなかったが、川崎のDF横山知伸に当たってコースが変わり、文字通りゴールネットに吸い込まれていった。
「あの試合、前半はしっかり動けていたんですけど、後半は全然チャンスがなくて、僕も体が言うことをきかなくなっていました。両足がつってしまってほとんど動けない状態だったんですけど、0-1で負けている状況のまま交代したくはなかったですし、体が動かなくなってもやってやるという思いでピッチに立っていました。まさにラストワンプレーに懸けたシュート。今見ても全くミートしていないですし、ボテボテでしたよね。
これはいつも言っているんですけど、あの時はすべてがスローモーションに見えたんです。シュート自体がゆっくりだからそりゃそうだろうって感じですけど(笑)、あの感覚はサッカー人生の中で後にも先にも初めてのことです。ボールがゴールに吸い込まれていく瞬間まではっきり見えましたし、ちょっと不思議な感覚で、本当に自分だけじゃない、いろいろな人の思いが乗ったゴールだったんだと思います」
太田は仙台加入1年目の2010年シーズンに結果を残せず、「なんのために仙台に来たんだ」という葛藤を抱えていた。不甲斐ない自分を挽回したいとの思いが、東北のためにという思いに重なった。それだけに得点の喜びはひとしお。ゴールが決まった瞬間、その場に座り込んだままガッツポーズを決め、万感の表情を浮かべた。体力は限界で立ち上がることもできない。そんな極限の状態で決めた魂のゴールが仙台を生き返らせ、後半42分のDF鎌田次郎の決勝点へとつながった。2-1。劇的な逆転勝利を仙台に届けた。