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香川に用意されていたかもしれないもう1つの未来 今でもその才能に惚れ込むサー・アレックスの責任
ファーガソンの突然の引退で運命が変わった香川
エバートンでの堅実な手腕が決め手になって、ファーガソン監督の後継となったモイーズ監督だったが、香川にとって偉大な先代と同じだったのは、グラスゴーが同郷で、スコットランドの強い訛がある英語を話すということだけだった。
守りたいのか攻めたいのか、何がやりたいのかはっきりしないモイーズ・サッカーで、香川は左サイドで守りの負担が増した役割を背負わされる。
そうした中、マンチェスター・Uから王者のオーラが瞬く間に消え去っていった。負けはじめると、ビッグクラブにかかる重圧が突如として増大した。するとモイーズは、チェルシーで出番がなくなっていた、スペイン代表MFホアン・マタをクラブ史上最高の移籍金を支払って連れて来た。
明らかに「補強をサボタージュしている」という批判をかわすための補強だった。しかし、やや香川より小さく、利き足が左のトップ下選手がやって来たことで、サー・アレックスが見つけた東洋のダイヤモンドの原石は、発見者の望む研磨は施されないまま余剰戦力になっていった。
もちろん、モイーズにマタを連れて来させた香川にも全く責任がなかったわけではない。しかしマンチェスター・Uの皇帝的な存在で、香川に惚れ込んでいたファーガソン監督がそのまま指揮を取っていたら、日本代表MFも無得点でシーズン前半を折り返すという事態には陥らなかっただろう。サー・アレックスは左サイドで香川を使っても、攻撃時には「どんどん中央(トップ下)に入れ」と指示を出しており、自ら熟知した日本人MFの長所を伸ばす戦略を採用したはずだ。
それどころか、あのままサー・アレックスが監督だったら、エース・ルーニーが移籍して、ファンペルシーのトップ下で輝いていたかも知れない。
あの不世出のスコットランド人監督最後のシーズン終盤、ルーニーと監督の不仲は決定的となっていた。それは、ファーガソン監督が「ウェインがマンチェスター・Uを離れたい、と申し出てきた」とメディアに語り、ルーニーの移籍願いを公にしてしまったことでも明らかだった。
それにファーガソン監督政権が継続していれば、ルーニーが離脱し、高齢化したDF陣が衰えを見せ始めても、あれほど急激に選手がモチベーションをなくし、その結果成績が落ち込んで、欧州CL出場権を失くすという事態にはならなかったに違いない。
仮にもしもそうなっていたとしても、自分が惚れ込んだ香川の位置に65億円を使ってチェルシーの準レギュラーを連れて来ることはなかったはずだ。
そして2年目の香川は、天下の名伯楽サー・アレックスの下でその実力を存分に伸ばし、13日のドルトムント再デビュー戦での活躍を、マンチェスター・Uのトップ下で見せていたかも知れない。
そうであれば、ブラジルW杯でのプレーも、また違ったものになっていた可能性も高く、当然エースの活躍は日本の成績にもいい影響を与えていたはずだ。
全く、勝負の世界でたらればの話は禁物であるが、サー・アレックスがあのタイミングで引退さえしなければ、それはまるでコインの裏表のように、今頃は香川がマンチェスター・U選手として大成しているという、完璧に逆の結果になっていたと思えてならないのである。
【了】
森昌利●文 text by Masatoshi Mori