中島翔哉、小5で“空中エラシコ”に周囲は驚嘆 練習の鬼が見せた意外な姿【ルーツを辿る】

繰り出した技は習ったことのない“空中エラシコ” 「自分でバージョンアップさせて…」

「翔哉は(元ブラジル代表FW)ロナウジーニョが得意としているエラシコを、ボールが浮いている状態でした。空中でのエラシコで、あるコーチを完全にかわしたということがあった。そこで外で見ていた子たちも含めて、みんなが驚いた。エラシコはスクール中に練習してやるけど、それを自分でバージョンアップさせて、ゲーム形式中にやってのけた。コーチに楽しく挑んでくるからこそ、その技が自然と出たんだと思う」

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 サッカーを楽しむ。この言葉は中島が日本代表にまで上り詰めた今でも大切にしているモットーだ。「クーバー・コーチング・サッカースクール」では、基礎練習で何百種類もあるボールコントロール方法を叩き込まれる。多彩なタッチの仕方を状況によって使い分け、自身に合ったターンやドリブル、フェイントなどを作り上げていく。さらに練習はフルコートではなく、フットサルコートで行う。あえて通常より小さなピッチで練習することで相手のプレッシャーが速くなる一方、ボール保持者にとっては素早い状況判断が求められ、必然的に技術も高まっていく。中島は自分の技術力、状況を判断して創造性も鍛え上げていた。これは、ただただサッカーを楽しみ、人一倍練習していたからだ。

「小さい頃から今も楽しむということは全く変わらない。大人になってから話したことだけど、楽しんだほうが上手くいきやすいと思っていた。今でも『サッカーを楽しみたい』と話したりして、変わった選手だなと思われがちだけど、楽しんだほうがいろんな物事が上手くいくということを確信してやっている。翔哉は(クーバーの)他にもスクールに行っていて、ずっとボールを触っていたいタイプだった。ゲーム形式中も休憩中に1メートル×1メートルの狭い範囲で、1人でリフティングしていた。でも、本人は努力だと思っていない。プロになってから言っていたけど、『努力と思ったことはない』と。授業中にもボールが下にあったと聞きました」

 プロになってからも交流のあった小澤コーチは、プロキャリアをスタートさせた東京ヴェルディ時代など若手だった時のエピソードもよく聞くという。

「アウェー遠征の時だと、まずスタッフに公園の場所を聞いてボールを持って練習に行くみたい。19歳、20歳ぐらいまでは(所属)チームの練習が終わった後、うちのスポーツクラブの施設にきて夜な夜な練習していた。(クーバーの)スクールが終わるのが21時ぐらいで、そこから24時ぐらいまで。次の日は朝9時からチームの練習なのに、全然大丈夫と言って」

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