愛されたフランクフルト主将、シーズン中に異例の引退 決断の裏にあった苦悩とは?

プロ生活最後のユニフォーム交換の相手は主審

 あの子のそばに戻りたい。

 家族で一緒に過ごしたい。

 その思いを理解できない人がどこにいるだろうか。SNSではアブラハムへの感謝と理解と、これからへの祈りを込めたメッセージが多数書き込まれていた。

 正直アブラハムは、そのプレースタイルから嫌われもしていた。味方には頼もしいファイターだが、相手からすれば危険で厄介なクラッシャー。感情を力に変えてプレーする選手だけに、時にやりすぎてしまうことも多々あった。イエローカード、レッドカードは何度ももらった。数試合の出場停止処分も何度もあった。プロサッカー選手としての心構えを疑われるような記事を書かれたことも何度もある。

 それでも、アブラハムを知る選手や指導者、関係者の多くは、“人間”アブラハムの魅力を好意的に語っている。試合が終わったら、ピッチを離れたら、フレンドリーで、ハートフルで、ユーモラスで、助け合いの精神に満ちた愛すべきキャプテン。いつでも本気の選手だから、だから時にちょっとはみ出してしまうこともあると理解している。それくらいの熱さでクラブのために全身全霊で戦い続けるから、フランクフルトファンには愛された。ものすごく愛された。

 最後の試合となったシャルケ戦。キャプテンマークを巻いたアブラハムは3バックの右で、いつも通り堅実な守備とエネルギッシュなプレーで3-1の勝利に貢献した。試合後にはヒュッター監督と抱き合い、涙を流した。選手に胴上げされて見上げた夜空は、キラキラ輝いて見えたのだろうか。

 試合後に、プロ生活最後のユニフォーム交換を行った相手が主審を務めたマヌエル・グレーフェというのも彼らしい。そして「これまでディスカッションの原因になってしまったこともあるから」と笑う。

 フランクフルトの魂を体現していたキャプテンがクラブを去る。ヒュッター監督は「アブラハムを一言で表すと?」という質問に対して、「唯一無二」と答えていた。まさに言い得て妙ではないか。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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