長谷部誠は“不死鳥”か 今季初めてボランチで先発、チームの頭脳として冴え渡る戦術眼

1本のパスに込められた味方への無言のメッセージ

 いくつかのパスをつないだら、あとはサイドに展開してセンタリングというパターンに頼ることが多かったフランクフルトだが、この試合では細かいパス交換の連続で相手守備のプレスを受ける状況でもチャンスに持ち込むシーンが数多く見られたことは大きな収穫だろう。そこが上手くいくから、両サイドのフィリップ・コスティッチとエリック・ドゥルムは、これまで以上に効果的に攻撃に絡むことができる。

 そして長谷部だ。守備バランスが整い、パスの受け手が前線に存在し、チームとしての狙いがはっきりしている今、チームのブレーンとして長谷部のタクトさばきが冴え渡っている。攻撃にスイッチを入れるためには、ゴール方向を向いてフリーでボールがもらえそうな味方選手に好タイミングでパスを送ることが必要になる。ダイレクトパスの使い方が本当に上手い。

 でも、あからさまに狙いを明らかにしない。そうした選手をいち早く見つけ出し、そこへパスを送る素振りを見せないまま、ボールを要求しながら、相手がちょっと動いた様子を視野の端に捉えると、トラップへ向かう動作から滑らかなワンタッチパスを送ってしまう。相手が寄ってこない、センターから動かないのを見ると、スッと細かいステップで前を向いてボールを運び出す。そのあたりのセンサーの感度がとても鋭い。長谷部からのパスが攻撃を彩り、ゲームがどんどんコントロールされていく。

 相手に囲まれそうになっても取られない位置にボールを置き、体をずらして、パスの出口を作り出す。後ろからアタックされている時には、体で上手くスクリーンをしてファウルを誘発する。巧みも巧み。

 加えて味方へ、無言のメッセージをパスに込めて送ったりする。

 レバークーゼン戦で、こんなシーンがあった。ハーフウェーライン付近で味方からのパスを受けた長谷部が、ふわっとした浮き球パスをダイレクトで右サイドへと送る。ただそこには誰もいないし、誰も走りこんでいない。ミスパスか――。直後に長谷部はパスを送った先を見た後、近くにいた味方選手に目配せを送っていた。

 味方の位置、相手の位置、味方の動き、相手の動き、そしてボールの流れ。あの局面であの状況であの位置に走りこんでくれていたら、そこからチャンスを作ることができたんだぞ――。

 今はなかなか直接取材ができないので確認することはできないが、長谷部の所作からはそんなメッセージが込められていたのではないだろうか。実際そのあとのシーンから、スペースに入り込もうとする味方選手の動きが増えたように思える。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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