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クライフ「14番の伝説」 控え選手の番号を、特別な数字に変えた偉才のカリスマ
2016年3月24日、“トータルフットボール”の申し子、ヨハン・クライフ氏が帰らぬ人となり、世界中が深い悲しみに包まれた。
かつて、固定番号制ではなかった時代に、控え選手の番号でしかなかった「14」は、この「フライング・ダッチマン」と呼ばれたオランダ人が身につけてから、その意味をも変えた。
サッカー界の常識をひっくり返した希代のカリスマは、なぜ「14」を自らのシンボルに選んだのか。そしてなぜ、今もこれほどまでに愛されているのか。
後世に語り継がれるべきその物語の答えが、ここにある――。
クライフの有名な逸話、「14番を『クライフの背番号』にする」の真意は?
ただの数字が、ある人のイメージと密接にリンクする。サッカー界の「14」という数字が、そうだ。
いったい、ヨハン・クライフとは何者か――。オランダが世に送り出した偉才を知る、格好の手掛かりと言ってもいい。
現役時代、クライフは背番号14を好んでつけたと言われる。なぜか。諸説ある。その中で最も有名な逸話といえば、これだろうか。
「背番号9といえばディ・ステファノであり、背番号10といえばペレだ。私は誰も身につけていない14番を『クライフの背番号』にする」
クライフ自身が、そう語ったという説だ。最後の一文が「私がそんな番号(9番や10番)をつけてプレーしたら、紛らわしいじゃないか」と語った、とするものもある。
ともかく、この逸話は「他の誰でもない。俺は俺」というクライフの強烈な自負心を伝えている。ならば、なぜ「13」や「15」ではなく、「14」だったのか。それに関する説が2つ、ある。