「多摩川クラシコ」は日本のクラシコに? FC東京が川崎戦で誇示した“異質な完成形”
【識者コラム】ルヴァン杯準決勝で2-0と勝利、川崎に脅威を与えたFC東京の個の打開力
川崎フロンターレの谷口彰悟主将は、敢えて「完敗です」と話した。
「完全にしてやられた……」
ルヴァンカップ準決勝、おそらく下馬評は川崎に傾いていたはずだ。直近の多摩川クラシコは4-0と快勝しており、しかもホームでの一発勝負である。だが結果的には、こうした有利な材料が裏目に出たのかもしれない。
FC東京の長谷川健太監督は「最近の試合を見てきて一番良いメンバー」を躊躇なく選んだ。DFの渡辺剛も「この試合に賭けているのは伝わってきた」という。一方、川崎もこの一戦に集中していたことは間違いないだろう。国内の現状を見渡す限り、ここでFC東京を叩けば三冠への視界が大きく開けたに違いない。だが、それでいて川崎は通常のシナリオ、いわば「普段着」で試合に臨んだ。もちろんコンディションの問題もあるのだろうが、大島僚太と三笘薫をベンチに置き後半に決めに行くシナリオも整えていた。
明暗を分けたのが先制点だったことは間違いない。ただし先制点に直結するファウルは、多少なりともその後の展開の予兆になった。
ここまでのリーグ戦を見る限り、川崎のジェジエウが後手に回るシーンは滅多になかった。しかしレアンドロの先制点に繋がるFKを与えたシーンでは、永井謙佑への対応に苦戦し思わず危険な場所でファウルを強いられた。また2点目のシーンでも、三田啓貴のスルーパスで抜け出した永井に対し、足も伸ばせていない。レアンドロ、永井、さらにはディエゴ・オリヴェイラ、そして後半から出場してくるアダイウトンの個の打開力は、とりわけ川崎のように組織的な攻守が洗練されたチームには脅威を与えた。
先制したFC東京は、前半のほとんどの時間を全員が「自陣ゴール前の3分の1くらいに戻って固めて」(川崎・谷口)、一度も川崎のペナルティーエリアに侵入していない。裏返せば、センターバック2人を後方に残す川崎のアタッキングサードは常に8対10と数的不利で、逆に1点リードのアドバンテージを確保しカウンターの刃を隠し持つFC東京は「守っていても焦りやストレスをまったく感じなかった」(渡辺)そうである。
完敗した今年の多摩川クラシコの頃に比べれば、FC東京の状態は確実に良化していた。室屋成(ハノーファー)、橋本拳人(ロストフ)が移籍しながら、堅守には一層磨きがかかり、前所属チームでの評価は必ずしも高くなかったブラジルトリオが思う存分長所を発揮するようになった。長谷川監督独特の視点が反映され、ボールを保持しながら技術と連係の妙で主導権を握ろうとする川崎とは、異質な完成形が見えつつある。
加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。