マジョルカ在住記者が追った「久保建英の1年」 同僚との“雑談”に見えた日本人離れした能力
不敵なほど堂々とした振る舞い、次第に“使われる立場”から“使う側”へ回る
コミュニケーションの問題は、日本人選手に大きく立ちはだかる壁だ。これは単に言葉が分かるか、話せるかという簡単な話ではない。時に相手の言いたいことをキーワードだけで瞬時に理解し、自分が分かっていることを行動で示すことで監督や仲間を安心させ、そのうえで何度も諦めず自己主張することで自らの居場所を作っていく作業が求められる。おそらく、多くの日本人選手が最も苦手とするところだろう。
だが久保は、東洋人の顔をしているがこの点でスペイン人だ。最終的にチーム内で使われる立場から使う側に回ったが、これは「レアル・マドリード契約選手」という看板や高いボールコントロール技術だけで与えられたものではない。30代半ばを含む多くのチームメートと対等、時に不敵とさえ見受けられるほどに落ち着いて話をすることで、時間や感情を共有し、それぞれの性格や考え方を把握したことで勝ち取ったものだと確信している。
もう一つ、久保がこれまでスペインに来た日本人選手たちと一線を画すのはマスコミとの関係だろう。
シーズンを通して、久保がメディアの前で話した場面は決して多くない。ホームでは地元デビュー戦、初ゴール後、複数選手とともに参加したプロモーションイベント、練習後といった各記者会見。アウェーゲーム後のミックスゾーンで記者対応をしたのは2、3回。ほかにクラブ公式メディアや試合中継テレビ局での試合後コメントはあるが、独占インタビューを受けたのは筆者が把握している限り、日本とスペイン両国で1メディアずつだけだった。
象徴的だったのは昨年10月初めのこと。日本から某新聞社の記者がマジョルカの練習場を訪れ、数日にわたり久保との接触を試みた。ロッカールームから練習場のピッチへ行く選手と並んで歩きながら話しかけるも声に耳を傾けず、いわば門前払いで要求を跳ね返している。今年2月にはテレビ局の記者がインタビューの直談判を試みたが、丁重に断ったという。
一見すると同国人(メディア)に対して冷たい対応という印象も与えかねないが、姿勢が一貫しているという点では逆に評価すべきものと解釈できないこともない。
これまで有望な日本人選手がスペイン(または欧州)に参戦するたびに、日本人記者の一団がその後に続いていくという現象が長く続いていた。かつては毎日の練習後、最近では試合に出場するたびに行われる光景は、(筆者もその中の1人だったのだが)そこが日本ではないだけにある種、異様な雰囲気があったのは事実だ。そして大抵の場合、日本のメディアは日本人選手にしか興味がないだけに、取材者の中には所属チーム全体や仲間にさえ関心を持たないという傾向もあった。
島田 徹
1971年、山口市出身。地元紙記者を経て2001年渡西。04年からスペイン・マジョルカ在住。スポーツ紙通信員のほか、写真記者としてスペインリーグやスポーツ紙「マルカ」に写真提供、ウェブサイトの翻訳など、スペインサッカーに関わる仕事を行っている。