中田、名波を支えた日本代表史に残る“名アンカー” 98年W杯で見せた別格の「ビジョン」
【歴代名手の“私的”技術論|No.1】山口素弘(元日本代表MF):選択するプレーが的確で洗練されていた
山口素弘といえば、1997年9月に行われたフランス・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の韓国戦(1-2)でのループシュートだろう。ペナルティーエリアすぐ外でボールを奪い、DFをかわしながらボールをすくい上げてGKの頭上を越して決めた。時を止めるような芸術的なゴールだった。
このゴールは山口らしいけれども、あまり点を取るほうではなく、強みは「ビジョン」だったと思う。
フィジカルに関しては平凡だった。特別なパワーやスピードはなく、運動量も特筆されるほどではない。テクニックは韓国戦のループシュートに見られるように高度。ただ、シンプルに捌くタイプなので、それが目立つわけでもない。山口の真価は、まず周囲が見えていること。そして選択するプレーが的確で洗練されていたことだ。
1998年フランスW杯では中田英寿、名波浩と組んで中盤の中央を構成していた。個人的には3試合で最も良いプレーをしていたのは山口だと思うが、この3人の組み合わせは魅力的だった。推進力抜群の中田、左足で精度の高いパスを供給する名波、この2人の背後でバランスを取るのが山口の役どころ。山口だから、こなせたのではないか。
中田と名波は攻撃面で強力だったが、守備の時に守るべきポジションにいないこともあった。山口がループシュートを決めた韓国戦では、中田と名波が4-4-2のサイドハーフで、ボランチは山口と本田泰人のコンビ。中田、名波は今でいうハーフスペースへ移動して攻撃の軸になるが、奪われた時に空いているサイドを韓国に使われている。加茂周監督が掲げていた「ゾーンプレス」もプレスの意識は高いが、それが外された時のセーフティーネットがなく、結果的に中盤の第二ラインが存在していない状態だった。
この韓国戦では1-0とリードしている場面で、呂比須ワグナーに代えて秋田豊を投入した守備固めが「弱気采配」として批判されたが、「弱気」の前に手当ての順番が違う。
韓国の攻め手はハイクロスだった。ゴール前にチェ・ヨンスがいて、日本は空中戦で劣勢だったので秋田を入れる意味はある。ただし、その前にロングボールやハイクロスの出どころを潰すべきだった。この時点での第一防御ラインだった中田、三浦知良、名波が機能していない。
むしろ「弱気」は、呂比須を引っ込めてカズを残したほうだろう。この試合のカズは、「手錠」と呼ばれたチェ・ヨンイルの徹底マークで身動きが取れなかった。セットプレーの守備を考えても、残すなら高さのある呂比須だったはずなのだ。日本のスターだったカズを代えられなかったことこそ、「弱気」である。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。