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「日本サッカーの女王陛下」 澤穂希さんの“伝説”を海外メディア特集「歴史を築いた」
レジェンド澤さんに再脚光「日本一のサッカー選手になった少女」
日本女子サッカーのレジェンドと言えば澤穂希さんだが、ブラジルメディア「FUTEBOL NA VEIA」は「日本サッカーの女王陛下」と見出しを打ち、日本だけでなく世界のサッカー界でもその名を歴史に刻んだ澤さんにスポットライトを当てている。
12歳という年齢でトップデビューを果たした澤さんは、15歳で日本代表に選出された。長きにわたりエースとして君臨したが、象徴的なのは2011年に行われたドイツ・ワールドカップ(W杯)だろう。
キャプテンとして出場した澤さんは、グループリーグのメキシコ戦でハットトリックを達成すると、準々決勝のドイツ戦では決勝点をアシスト、準決勝のスウェーデン戦では決勝点を決めた。そして、決勝のアメリカ戦では延長後半に起死回生の同点弾を決め、合計で5ゴール1アシストを記録した。
日本サッカー史上初のW杯優勝に大きく貢献し、大会の得点王とMVPをダブル受賞。そして、翌年に行われたFIFA年間表彰式では、男女を通じてアジア人史上初となるFIFA年間最優秀選手に輝き、男子選手で受賞したバルセロナのアルゼンチン代表FWリオネル・メッシと肩を並べて壇上に上がった。
2015年に行われたカナダW杯にも選出された澤さんは6度目の大会出場を果たし、世界最多出場となった。同年に現役引退を表明し、INAC神戸で迎えたラストゲームでは決勝ゴールを奪って有終の美を飾った。
記事では「男子と一緒に練習に交じり、日本一のサッカー選手になった少女」と取り上げ、澤さんのキャリアを細かく振り返りながら、「代表で通算201試合に出場し、81ゴールを記録。日本のサッカーの歴史を築いた」と説明していた。
なでしこジャパンの礎を築いた澤さんの伝説は、海外でも語り継がれているようだ。
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