「まず日常生活があり、サッカーは二の次」 コロナ禍で思い出すオランダ英雄の言葉
【識者コラム】フリット氏の言葉が証明される事態、感染対策を考えればサッカーの試合は大敵
ミランで3度の欧州制覇を成し遂げたルート・フリット氏(元オランダ代表)がイタリアを去るタイミングで、インタビューをしたことがある。非白人を徹底排除するアパルトヘイト政策に立ち向かい、南アフリカ大統領になったネルソン・マンデラ氏と深い交流を持ち、ミュージシャンとしても活動をしてきた同氏らしい価値観を語っていた。
「イタリアの洗練された美的センスには感心する。でも時々サッカーにはオーバーに騒ぎ過ぎる。ミランがチャンピオンズリーグでパリ・サンジェルマンに勝って決勝進出をしたら、一般紙までが1面で扱うんだ。年金問題、南アフリカ問題、旧ユーゴ情勢……世の中には重要なニュースが溢れているのにね。個人的には、まず日常生活があり、サッカーは二の次だと思うよ」
まさにフリット氏の言葉が証明される事態が訪れた。新型コロナウイルスが世界的に流行し、現時点では1人も感染者が出ていないというベラルーシ以外では公式戦が休止になっている。
率直に今は、来年6月に欧州選手権や、7月に東京で五輪が開催される状況は想像できない。2002年末から翌春にかけて流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)は、有効な対処法も見つからないまま終息を迎えたそうだが、もしワクチンを待たなければならないとすれば「開発まで最短で1年半、市場に出回るようになるまでには5~15年ほどかかる」という米国立感染研究所所長のコメントもある。
UEFAチャンピオンズリーグでのアタランタ対バレンシア戦に象徴されるように、スタジアムを熱狂の坩堝に変えるサッカーの試合は、感染対策を考えれば一転大敵になる。感染経路の遮断を考える以上、沈静化した国から徐々に試合再開に踏み切るのだろうが、国際交流のほうは途方もなく先送りにされるのかもしれない。
一方で感染病が招いた経済的ダメージは、サッカー界にも転機を促す可能性がある。すでに選手たちの年俸カットの話題が次々に報じられており、巨大産業化や移籍金の高騰には歯止めがかかり、ビッグクラブと育成型クラブの落差が縮小され、ひと昔前のように国ごとの代表やクラブチームの特徴が色分けされる状態に回帰していくのかもしれない。
加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。