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長友佑都をセリエAへと導いたイタリア人監督が語る日本人が世界で通用するための条件とは
――2010年の長友佑都選手獲得を振り返って、今の率直の感想は?
「長友は今、イタリアに渡った日本人の中で最も安定したプレーを続けている。ただ彼の獲得は当初、あらゆる側面から考えて小さくないかけだった。ですが、今の彼の成功が物語る通り、結果的には全てうまくいったと思っています」
――長友選手を発掘したきっかけは、友人であるFC東京の立石敬之強化部長の存在があったからですか?
「立石強化部長とは、イタリアで一緒に仕事をすることもあった間柄でした。私は今46歳ですが、彼と知り合った十数年前、私はセリエAの監督になるという大きな目標を抱く若者でした。その後、私は目標を達成し、彼はFC東京の強化という重責を担うようになった。日本サッカーの現状を理解する上で、私にとって彼は大きな存在でした。頻繁に連絡を取り合ってきましたし、友情は長く続いていました。そして、長友がいかに素晴らしい選手かを私に話してくれました。それが実際に日本に訪れるきっかけとなり、長友の発見、発掘につながったのです」
――長友選手のプレーの第一印象は、どんなものでしたか?
「スピード、パワー、技術、運動量、そして、何よりもメンタリティーの部分で良いモノを持っていると思いました」
――外国人枠を彼に使用することは、クラブ内外で賛否両論があったと思うのですが。
「そうですね、当初は確かに批判もありましたが、私は今まで自分が決めたことは最後まで貫き通してきました。それが監督の仕事です。最終的には、周りの人間にも彼の良さは伝わったと思っています」
――首脳陣を納得させることは難しかったのではないでしょうか?
「長友の前には三浦知良、中田英寿、名波浩、中村俊輔、柳沢敦、小笠原満男、大黒将志といったジョカトーレがイタリアでプレーしてきました。ですが、成功を収めた選手と、そうでない選手が明確に分かれていました。最初は彼も、日本人選手ということで懐疑的に見られているところはありましたが、その後の成功によって日本人選手のイメージは完全にポジティブなものへと変わった。そういう意味でも彼は有意義な働きをしたと思いますね」
――先程、名前があがった選手たちは、攻撃的なポジションの選手たちです。外国人枠をDFにさくということは大きなかけだったのでは?
「確かに、そうですね。ただ、イタリアには素晴らしいFWがたくさんいるので、彼らと対等にわたり合ったという事実が、より長友の評価を高めたのだと思う。彼の成功の秘密は、まだまだうまくなりたい、より学びたいという気持ちを常に表していたところです。セリエAのような厳しいリーグでも成功を収めることができたのは、そうした謙虚な姿勢があったからこそだと思います」