“無名”FW食野、スコットランドで驚きの“王様”デビュー 知日家コーチ「年間15点」を確信
失点後に味方へ発した怒声、物怖じしない強靭なメンタル
前半41分には初シュート。右サイドでボール受けて小さく速い、美しいターンで中央に切り返して左足を鋭く振ったシュート。ボールはバーを大きく越え、食野は軽く飛び上がって悔しがったが、場内は拍手喝采に包まれた。
後半に入ると、すぐさま食野が見せ場を作る。
試合後「10番のポジションだから、行ってこいって言われました(笑)。あんまり、自分のプレーに対して要求とかはありませんけど、けっこう自分のポジションはフリーにしてくれているんで」と話したように、トップ下から左右に、1.5列目を縦横無尽に動く。食野が入ってからフォーメーションを変更したが、チームの攻撃は両サイドでボールを縦に動かし、クロスボールを多用するスタイル。それならばと食野が右、左と開いてチャンスメーカーになる。
後半2分、右に開いた食野がボールを受けると、相手を1人かわしてそのままドリブルで右サイドを突破。クオリティーの高いクロスを供給した瞬間、場内に“おおっ”というどよめきが起こった。
ところがこの食野のクロスの3分後、守備の乱れからハーツが1点を失い、同点にされる。しかし、ここで信じられないものを見た。
センターサークルの真ん中でボールを持って仁王立ちしている選手が、なんと食野だった。そしてボールを足もとに置くと、味方選手に振り向きながら“さあ行こう”とばかりに両手を手前で抱きかかえるように振って、「カモン!」と怒声を上げたのだ。
まるで主将のような振る舞い。しかも闘志剥き出し。これまで欧州で見た日本人選手は、総じて非常に大人しい印象が強い。ところが食野はデビュー戦ということも忘れ、21歳の新参者という立場もどこかに吹き飛ばし、1-1の同点にされると夢中になって味方に檄を飛ばし、試合終盤には倒れ込んで時間稼ぎをする相手選手の腕を引っ張り、怒鳴りつける場面もあった。これには本当にびっくりした。
試合後、この場面を振り返って「熱血漢だね」と尋ねると、「そこが自分の、なんやろ、特徴でもあります」と一言。トップ下でこの闘魂――まるで往年のウェイン・ルーニー(現D.C.ユナイテッド)のようだ。
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。