佐藤寿人が打ち立てたもうひとつの金字塔 12年連続二桁得点が途切れかけた“あの年”
傷だらけの主役
だが、物語は後半、大きく転回する。
同5分、尋常ではないキレを見せつける11番が、またも高萩のスルーパスで裏をとった。完璧だ。GK藤ケ谷陽介が飛び出す。ストライカーは、それを交わしに掛かった。抜け出せば、逆転ゴールが待っている。だが――。
いける、と思ったその瞬間、寿人はスパイクが芝生にひっかかるのを感じた。藤ケ谷は触れてはいない。PKではない。「あれ、おかしい」、「ヤバイ」。
右肩からピッチに落ちた。それと同時にイヤな音も耳にした。
「プチッ」
そして、激痛が襲ってくる。立てない。立ち上がれない。
「休んでいるだけだろ。疲れたから、しばらく起きずに寝ているんだろ」
その場にいた誰もがそう思おうとした。僕も双眼鏡をのぞいた。
痛みで表情がゆがんでいた。誰よりも痛みに強いあの寿人が、我慢できずに、小刻みに震えていた。
メディカルスタッフが急行し、応急処置が施された。何とか立ったが、右腕はダラッと垂れ下がったままだ。後にわかったことだが、彼はこの時、右鎖関節脱臼(全治2カ月)の大けがを負っていた。しかも肩が外れた時に「筋が3本、切れてしまっていた」という。
ベンチのミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現浦和)から声が掛かる。
「大丈夫か。やれるか」
それに、間髪入れずに応えた。
「もしプレーできないと感じたら、交代させてください」
エースの誇りが、キャプテンとしての責任が、彼をピッチに引き戻した。痛くないはずがない。立っていることすら不思議なほどの痛みが全身を駆け巡っていたはずだ。なのに、彼は戦いの場にいる。やることは一つだ。勝つしかない。