不安定なバランスをコントロールするネイマールの身体の使い方
不安定な状態をコントロールするネイマール
——ネイマール選手についての評価を伺います。波田野さんは、ネイマール選手の動きについてどういう評価をしておられますか?
いや、すごいですね。メッシとはまた違うタイプです。見て思うのは、まずスピードがものすごく速いということ。トップスピードのまま動いている、止まらない、そういう印象を受けます。
メッシはストップアンドゴー、緩急をすごくうまく付けてかわしていくけど、当たられると割と簡単に吹っ飛んでしまう印象です。しかしネイマールは柔らかくて、当たられてもいなしてしまう。そして相手を抜いていくときの身体の角度、それが非常に深いですね。
身体を非常に深く傾けられる、エッジが効いている。普通の選手ならそのまま滑ったり倒れてしまいそうな角度まで傾けても、ネイマールは次の足が出てくる。身体のバランスが不安定な状態を、つねにコントロールしている印象です。
——普通の選手なら倒れてしまうような不安定さを常にキープしている、だから速いと。
そもそも、動くとは「不安定さを作り出す」行為です。支持基底面、つまり身体を支えるために地面と接している部分(足のうら)から、重心を外側に出すことです。逆に、重心が内側にしっかりとあるというのが「安定している」ということです。しかし安定していると動けないわけで、動くというのは身体を支えるために地面と接している部分から重心を外すという動作です。この動作が、足を地面から離して再び地面に着地させる動作になります。
そのままだと倒れるので、「バランスがいい」というのは、つまり、動くために一度地面から足を離して再び地面に落とす動作が上手いということです。ネイマールはその能力がケタ外れに高いですね。つねに重心を地面についている足の外に出して、倒れる倒れないギリギリのところで新しい足の踏み場を臨機応変に作っている。
また、選手を抜いていくときにネイマールはものすごく身体を倒しているので、抜いたらもうディフェンダーの裏に身体が入ってしまっているんです。だから、ディフェンダーは、まったく付いていけない。もう相手の背中側に回っているんです。
——これは、重心が先に動いているから速いということなのでしょうか?
そうです。そして、重心が遠くに落ちれば落ちるほど、速いわけです。普通の人は、そんな遠くまで次の足が出ないわけです。だから転んでしまうのですが、ネイマールは足が出る。だから転ばずにあのスピードを維持できるわけです。
100メートル走に例えると、100メートル走には「加速期」「維持期」「減速期」があります。どんなに速い選手でも、必ずゴール間際ではスピードが落ちてきます。そして、その時期を分けるのは体幹の傾きです。加速期はとにかく身体が倒れて、転ぶのを防ぐために足が前に出て、そこで重心がまた前に出て、転びそうになるところでまた足が出る。
その限界のスピードになってきた時に、身体が起き上がって維持期に入っていって、やがて減速期になります。ウサイン・ボルトは、身体が前に倒れている時間がすごく長いんです。ネイマールも同じようにこの加速期が長く、しかも深く身体を傾けられるから一歩目から速いのです。前に進むだけでなく、横に動くときにも同様のことが言えます。
——「ネイマールは横に進むスピードが速い」という話は漠然と聞きましたが、こうして身体の動きから解説されると非常にわかりやすいです。
ネイマールは、動物で例えるならネコに近いイメージですね。強さもあるけど柔らかく、ディフェンスの当たりを吸収できる、そして先ほど述べたように不安定をコントロールしている。転ばないでいられる能力が、非常に高いと思います。
——ネイマールのようになるためには、どういう練習をしていくと良いのでしょう?
足を素早く振り出せて、なおかつ可動域を広く大きく使えることが重要です。やはり重心を崩して速く動いたとしても、そこに足を出せないと行けません。可動域に関して言えば、毎日ストレッチをすることが有効です。そして、そこに足がついてこないといけないので、足を振り出すことに関して言えば大腰筋を鍛えるトレーニングを積むと良いと思います。