VAR判定で繰り返される「ぬか喜び」 ゴールに“歓喜しない”のが新たな常識に?
VAR導入で“従来のサッカー”が変質していくのは避けられない
VARを導入した以上、従来のサッカーが変質していくのは、たぶん避けられないと思う。感情を殺しても適応していくしかない。そもそも、これまでレフェリングの最重要項目だったはずの「ゲームのスムーズな進行」は、VAR導入によってすでに破壊されたといっていい。正確な判定と引き替えに、ゴール直後の感情の爆発も抑制されることになるのだろうか。
かつて読売クラブ(現・東京ヴェルディ)の監督だったペペは、ブラジルの名門サントスの名選手で監督も務めたことがあった。ある試合で、サントスのエースだったペレがオーバーヘッドキックから劇的なゴールを決めた。観客は興奮に沸き立ったが、なんらかのファウルがあったとしてノーゴールと判定されたという。ペペ監督はフィールドに乱入して抗議した。
「皆、あんなに喜んでいるじゃないか! 素晴らしいゴールじゃないか! なんで認められないんだ!!」
ペペ監督は退席処分になった。まあ、当然である。このエピソードを話してくれた時のペペさんも笑っていた。ただ、そのことを後悔はしていないようだった。
ペペ監督の言い分は明らかに間違っている、けれども気持ちはよく分かる。皆が喜んでいるからゴールにしろという理屈はルール的に話にならないが、言っていることはサッカー的に正しいのではないかという気さえする。退席と引き替えにしても、その感情を貫きたかったに違いない。
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。