アジジの“車椅子事件”と気遣いの指揮官 「人間的に優れていた」と中田英寿を絶賛した理由
【老将バドゥと日本サッカー|第2回】ジョホールバルの前日練習で仕組んだ“サプライズ”
フランス・ワールドカップ(W杯)予選を戦うイラン代表は、2人の国際的なストライカーを揃えていた。圧倒的な高さと強さを誇るアリ・ダエイと、俊敏なゴダダド・アジジ。チームを指揮するバドゥは、日本代表とマレーシアのジョホールバルで対戦したフランスW杯アジア最終予選・第3代表決定戦(1997年11月16日)の前日練習で、敢えてアジジを車椅子に乗せて登場させた。
2006年から長野エルザ(現・長野パルセイロ)で、バドゥ監督にコーチとして寄り添った佐藤実が語る。
「もちろんアジジの様子が、メディアでどう報じられるかは計算していたそうです。翌日プレーする選手が車椅子で出てくるのは考えられないことなので、必ず日本のスカウティングやチーム構成に影響が出ると読んでいたようです」
アジジが元気なのが、日本陣営にばれていることは知らなかった。結局イランは後半に一度2-1と逆転に成功するが、再び日本に追いつかれ延長後半のゴールデンゴールの末に敗れる。
悲願のW杯初出場を決めて、日本ベンチは有頂天の大騒ぎになった。バドゥはイランの選手たちに、その光景を最後まで見届けさせ「いいか、俺たちも次の大陸間プレーオフでオーストラリアを下して、同じ喜びを味わうんだ」と声をかけた。そして実際にオーストラリアを下して、フランス行きの切符を手にするのだった。
佐藤は車椅子に乗ったアジジを浮かべると、「そう言えば、バドゥさんはサプライズが好きだったな」と思い出す。
「まだホームページもできていない時代で、現場のバドゥ監督がつかめる選手たちの情報は、名前と特徴くらいでした。早速バドゥさんは、スタッフに彼らの誕生日を含めたプロフィールを調べさせたんです。ミーティングになると、試合の総括などと一緒に『今日は素晴らしい日だ。○○が何回目の誕生日を迎えた』などと話し始める。特に試合に出ていない選手たちなどは、しっかり見ていてくれたんだ、と確認することができます。チームはファミリーと口で言うのは簡単ですが、ここまでしっかり個々への気遣いができる人は、なかなかいません。スタッフや選手はもちろん、応援してくれるサポーターも『絶対に大事にするんだ』と繰り返していました」
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加部 究
かべ・きわむ/1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。