岡崎慎司がレスターで愛された理由 英国に美しく順応した「常にタンクを空にする男」
「満足したら終わり」 強迫観念に近い思考回路がエネルギーの源
5月12日、本拠地キングパワー・スタジアムで行われたプレミアリーグ最終戦。前半34分にウォームアップのために元気良くピッチ脇に飛び出した岡崎慎司が、一瞬怯んだかのように後ずさりした。
岡崎の登場とともに、大観衆が一斉に立ち上がって大きな拍手を浴びせたからだ。ピッチ上では強豪チェルシーを相手に、味方が0-0の緊迫した試合を展開していた。しかし観客は「そんなことよりもっと大切なことがある」と言わんばかりに、サブのウォームアップにスタンディングオベーションをした。
岡崎にすれば、こうした状況も予想できたかもしれない。今日が最後の試合。奇跡の優勝を果たした栄光のレスターイレブンに対する、ファンの思いは大きい。しかも岡崎が、優勝に不可欠な男だったことをファンはよく知っている。
しかし岡崎はそんなことは全く忘れていたかのように、熱烈なサポーターの反応に驚いていた。
そして、“これが岡崎なんだ”と思った。
「うーん、まぁ、どうでしょう。僕は記憶をなくしてしまうんです。だから、鮮明に覚えている試合はないんです。ただ、やっぱり優勝したという歴史に自分がいたという記憶は残っていますよ。でも今、パッと感慨深く思い出せる試合はあまりないですね。なんでもそうです。高校時代のこともそうだし、過去はすぐ薄くなってしまう。ただただ、悔しい思いをしたまま終わっている感じです。今の自分だったらこうできた、みたいな。だから、あの時は良かったというよりは、今日のあのシーンとか、このシーンをこうしておけばとか、もっと前でやりたいとか。ただただ、悔しい思い出しか残っていない。感傷に浸れないんです。優勝した時も、優勝したことよりも、自分が結果を出せなかったことのほうが記憶に残っている。まあ、損なんですよ」
レスター最後の試合直後の囲み取材で、「この4年間で印象に残る試合は?」と尋ねて返ってきた答えがこれだった。
本人も言っているが、全く損な性格だ。栄光や成功は記憶に残らず、失敗や悔いばかりが脳裏に刻まれるという。
しかし、こうした「俺は満足したら終わりだ」とでもいうような強迫観念に近い思考回路が、岡崎に常にタンクを空にする姿勢を与え、選手としての進歩を支えるエネルギーの源になっているのだろう。
そんな岡崎が、「もう一度ストライカーとして勝負したい」と言っている。そうとなれば新天地がどこになったとしても、我々はこの男のやることを黙って見守っていればいいのである。
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(森 昌利 / Masatoshi Mori)
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。