恩師が繰り返した言葉　「ジシン、ダイジ」

　2013年、FC東京を率いていたランコ・ポポヴィッチ監督は、それまで全く経験がなかった太田にリスタートのキッカーを任せた。セルビア人指揮官は当時、その理由をこう語っていた。
「あれほどのクロスを蹴る選手は、そうはいない。キックの精度は中村俊輔にも劣っていないと、私は確信している。俊輔だって磨いたからこそ、武器になったんだ。宏介に足りないのは自信だけだ」
　指揮官は、太田に足りないその自信を育てることに着手した。試合前日のFK練習では、ポポヴィッチ監督の「次」という声と、ため息が何度も繰り返された。ボールが枠を外れる度に「クロスを蹴るイメージで」と助言を与え、ゴールを決めるまで練習を続けさせた。
　太田は、この練習が「初めは本当に苦痛だった」という。自分がFKを決めるまで、周りの選手も付き合わせてしまうからだ。無言の重圧と、常に向き合わなければいけない。試合前日は、朝からため息が漏れた。そうして培われたFKは、抜群の精度を誇る武器となっていった。
　ポポヴィッチは太田が大切な場面でFKを決めると、満面の笑みで背番号「6」を抱き締めた。その度に「私が与えたモノではない。彼は元々、特別なギフトを受け取っていた選手なんだ」と言い、ポンッと胸を叩いて「ジシン、ダイジ」と繰り返した。
　だからこそ、太田は感謝の思いを今でも口にする。
「オレが外したら練習が終わらない。あまりに入らないと『早く決めろよ』みたいになった。その空気がすごく嫌だった。それを乗り越えて試合で決めてからは、もう入る気しかしなかった。ポポがオレに自信を持たせてくれた。だから感謝している」