語り継がれるなでしこ伝説のワンプレー 歴史を動かした無垢な走り
歴史を動かすゴール
「お前ならできる」
佐々木則夫監督はそう言って、“彼女”をピッチへと送り出した。指揮官が全幅の信頼を寄せたのには、確かな根拠が存在した。
2011年7月9日、この日、なでしこジャパンの歴史は大きく動いた。FIFA女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会決勝トーナメントの初戦。日本は、これまで一度も勝ったことのない開催国のドイツを相手にヴォルフスブルクで死闘を演じた。
日本のW杯の歴史を振り返ると、それまではベスト8が最高順位。直近の2大会では、いずれも1次リーグ敗退を喫していた。勝てば、初のベスト4進出が決まる。
一方で、前回大会王者のドイツは、女子サッカー界においても世界有数の強豪国だ。チームは連覇を目指し、万全のバックアップ態勢がとられていた。
勝利を信じて駆けつけた地元の人々で埋め尽くされたスタジアムは、当然のようにドイツ一色の完全アウェー。だが、その場にいる多くの人の予想を裏切る結果が待っていた。
そのヒロインとなる丸山桂里奈は、後半開始からピッチに立った。20時45分にキックオフした試合は、0-0で90分を終え、延長戦へと突入していた。
当時、ドイツでプレーをしていた安藤梢は試合中、言い争っている声を聞いた。「まさか自分たちが日本相手にこんなに苦しむなんて…」。そうした焦りを、相手選手の表情からも読み取っていた。
一方で、日本は「いける! やれているよ!」、「サンキュー! ナイス!」と、選手同士が助けあい、お互いを信じてプレーを続けていた。
そして、その時は来た。
延長後半3分、ゴールネットを揺らしたのは、日本の丸山だった。スタジアムに集まった観衆は、22067人。隣の声すら大声でないと聞き取れないほどの大歓声が、一瞬にして静まり返った。
相手スローインを左サイドバックの鮫島彩がカットすると、センターバックの熊谷紗希、岩清水梓とつなぎ、縦に出たボールに途中出場の岩渕真奈が反応する。
それを見届けると、丸山は相手DFの背後を狙い、「ここに来る!」と信じて走り始めていた。
岩渕が受けたボールのこぼれを澤穂希が拾い、前に大きくパスを出した。走り込んだ丸山は、角度のないところから、軸足でグッと踏ん張ってファーサイドへとシュートを放った。それがネットを揺らすと、飛び上がって右拳を突き上げた。