元ヴェルディ天才司令塔、なぜバルセロナでうどん職人に? 「食うために…」
石塚啓次、一家6人大移動でスペイン飲食業界に殴り込み
高級ブティックが立ち並ぶグラシア大通りからディアゴナル大通りを右に入ってほどなく、一見すると飲食店には見えない小洒落たガラス張りの空間が右手に現れる。ガラス越しに見えるオープンキッチンの向こう側、黙々と仕事に勤しむ大柄な店主に挨拶しながら店に入ると、彼は「取材、今日やったっけ? 完全に忘れとったわ」と言って屈託のない笑顔を返してきた。
「たまたまね、ビザも取れたってことで来てもうただけで。それがなかったら? 何があったんやろね。分からん」
2003年のプロ引退後にアパレルブランド「WACKOMARIA」を立ち上げ、以降7年にわたりファッション業界で活躍してきた石塚啓次は、別業種でのセカンドキャリアで成功を収めた元Jリーガーとして過去にも度々メディアに取り上げられてきた。そんな彼が自ら作った会社を辞め、妻と子供4人を伴いスペインへ移住したのは12年のこと。理由は単純だった。15年以上バルセロナに住む兄の知り合いの会社を通し、ダメもとで労働ビザを申請したところ、奇跡的に取得できたからだ。
「いろいろあって会社を辞めることになって、仕事も何もなくなったからさ。何かお洒落な海外移住みたいに言われてるけど、移民やから。食うためにこっち来たような感じで。日本でね、東京はもう嫌やったし、京都に帰ろうか、(妻の地元の)徳島に帰ろうかという話もあったけど、何となく金稼げるイメージがなくて、スペインを考えた時に金を稼げるイメージあったからさ。移民やで。南米のやつがこっち来るようなノリやと思うよ」