デシャンに見るフランス代表の20年 “持っている男”が取り戻させた威厳と勝利の味
国民からの信頼が薄れたなかで就任して結果を残す
その後は代表戦があっても、スタッド・ドゥ・フランスはガラガラの状況が続いた。空席が目立たないよう3階席を封鎖するなど、苦肉の策がとられたほどだった。
ドメネク監督を解任し、98年優勝メンバーのロラン・ブラン監督を指揮官に迎えて、レ・ブルーを取り巻く雰囲気は好転するかに見えた。しかし、その矢先の12年の欧州選手権でもMFサミル・ナスリが記者と喧嘩するなど、またもや規律問題が発生。せっかく上向きかけていた国民からの信頼も、再び逆戻りしてしまった。
そんな厳しい状況のなか、チームを引き継いだのがデシャンだった。
ブランも同じ98年のメンバーで尊敬を集める存在であり、選手としてはもちろん監督としても09年にボルドーを国内チャンピオンに導くなど実績はあった。しかし、デシャンはフランスのクラブで唯一、UEFAチャンピオンズリーグに優勝した(1993年)マルセイユのキャプテンだったこと、さらには、指揮官としても17年ぶりにそのマルセイユをフランスの頂点に引き上げたことなど、インパクトは大きく上回る。
世界で最も人気のあるフランスのクラブであり、絶大なサポーター数を誇るマルセイユでの栄光には特別な意味がある。
デシャン体制での最初のビッグトーナメントである14年W杯で準々決勝進出と及第点の成績を残すと、16年の自国開催の欧州選手権では、若いチームながら期待に応えて優勝にあと一歩のところまで迫った。決勝戦でポルトガルに惜敗したが、この時の悔しさが、逆に今回優勝を手に入れる原動力にもなった。