「理想の上司」No,1女子をやる気にさせる 心のマネジメント
顧客視点の経営論を スポーツに応用する
なでしこジャパンの佐々木則夫監督は、「成長したい」「力を発揮したい」「私たちにはできる」といった、選手たちの向上心を引き出して成果につなげた。その背景を探ると、女性選手たちの心を重んじるマネジメントの流儀が見えてくる。 佐々木監督は「女性を操る」という表現を好まない。その言葉を発したことは一度もないはずだ。
「操ろうとか、うまく接しようとか、そう考えてしまった時点で、女性の前で身構えてしまうでしょう。失敗したくないという気持ちが働いて、自分の心によろいを着せてしまうことになる。そうやって男性が構えてしまったら、女性の方も心を開いてくれないと思います」
身構えないこと。 それが、佐々木監督の流儀の第一歩だ。就任当初は選手たちの気持ちを理解できておらず、反感を買ったこともあるという。だが、佐々木監督は自分をさらけ出し、失敗から学ぶ姿勢を貫いた。「ノリさん、どうしてそんなことするんですか」と選手から意見されれば、「俺が分かっていなかった。ゴメン」と素直に謝 り、接し方を修正してきた。 手に謝っている監督など、威厳がないと感じる方もいるかもしれない。しかし佐々木監督には、威厳を示すこと以上に大切な流儀がある。それは、著書「なでしこ力」(講談社)で、次のような言葉になった。
「指導者は馬車。選手は乗客。指導者の仕事とは、選手を馬のようにムチで叩いて走らせることではなく、乗客である選手たちを目的地まで送り届けることだ」
このフレーズから読み取れるのは、佐々木監督にとって選手は部下ではなくクライアントであるということだ。彼が特筆すべきリーダーであるゆえんも、ここにある。つまり、佐々木監督は”女性マネジメント“の達人というより、むしろ”顧客視点の経営論“をスポーツの指導現場で実践した人物であり、その実践の場がたまたま女子チームであり、女性にふさわしいリーダー像にも合致した、と言う方が本質を突いている。
「相手が女性の場合どうすれば良いか」と考えるよりも、「選手が(部下や顧客が)求めるリーダーとはどんな人物か」を追究していくことにこそ、 意味がある。 具体的には、「ワールドカップで優勝したい」という顧客の達成目標をヒアリングし、ライバルチームの長所短所をマーケティングし、顧客の立場や特性に合った解決策をプレゼンした。
また、練習メニューやゲームプランの決定にあたっては、選手とフラットな対話を通じて柔軟に変化させた。冒頭の登山の話のように、「俺についてこい」「どうしてできないんだ」といった威圧的なタイプとは正反対であり、なでしこたちにふさわしい登山道を使って山頂を目指したマネジメントなのだ。
佐々木監督の思考の柔軟性について、妻・淳子さんは次のように言う。
「彼の目標は、自分のスタイルを貫くことじゃない。選手に自信を持たせて、願いを叶えてあげること。そこがはっきりしているから、自分を変えることができるんだと思います」
プロミスは不変、プロセスは可変。目標達成のために不要ならば、男女の壁、あるいは上下関係の壁は破ってしまえばいいという考え方だ。